書評  遠き時空に谺して    鈴木喬  2022/7 幻冬舎

 

 

背景:

 著者は1941年生まれ、その世代の多くがその後企業戦士として高度成長を支え、一部は60年と70年の安保改定に異議申立てで戦った所謂「安中派世代」に属する。

 1965年、東大建築学科卒業間際にそのどちらでもない立場でヨーロッパに飛び出し、建築家としての自立を探る1年半の旅行を振り返った記録である。

昔の若者の海外旅行記

この本の最初の冒頭は「君へ 君は外国を見たことはありますか。・・・」とある。対象が今の若者にあると読める。

統計を調べると著者が渡航した1965年は「海外旅行自由化」が始まったばかりで、20才代の海外渡航は年10万人台であり、70年代で100~300万、1,990年~現在ではその世代の20%以上の数百万人が海外へ行っている。80年代以降は大部分が企業派遣、卒業旅行、観光旅行と思われるが、青春放浪や冒険の対象は、ヨーロッパではなくアフリカや南米他にあるであろう。そして年齢層も30代以降、脱サラやシニアボランティアというきっかけもよく見かける。

著者の呼びかけ

この本のあらゆる世代に通じる作者の「谺」はむしろ、あまりにも速く変化する日本と日本人に対して、「海外の多くで様々な独自文化や国民性が保持されていて、そこで若者が出会うことによって、自国文化に拘り過ぎない生き方を掴む機会があること」という呼びかけではないだろうか。

「日本文化や日本人が他に類を見ない特色を持っているという考えと同時に、それも世界の中のONE OF THEMなのだという感覚を持つことが大事だと思うようになった。」(文中)

海外旅行の有無にかかわらず、この本を読むには

 パリなどの街の名前もその様子も淡々と語っているが写真はない。今でもヨーロッパは

大きく変わっていないからGoogle Street Viewで見るとよい。

  60年代パリは街中の煤払いをしている最中でおそらくかなり煤けてはいたのは、今と違うかもしれない。

この著作はエッセイの形を採っていて、この本の腰巻の後段にも「ヨーロッパ青春漂流・滞留記」とある。しかし敢えて紹介するなら日本の1960年代の若者が海外経験による「自由と自立への冒険記」ともいえる。